ロールモデルは信長公!?

投稿日:2018.09.02

キャリアコンサルタントの学びの中で、幼少期に憧れていた人物やキャラクターは自分のロールモデルであるという考え方に出会いました。そこで思い返してみたら、幼い頃、織田信長公に圧倒的な憧れを抱いていたことを思い出しました。

信長公というと「泣かぬなら殺してしまえホトトギス」。思い通りにならない者は力で従わせるというイメージが強いです。そんな信長公が自分のロールモデルなのかあと、ふと疑問を持ちました。そこで、なぜ自分が信長に憧れを抱いたのかを探求しようと、信長公の天下取りの出発点である清州を訪れてみました。どうでも良いことですが、城や寺社を見るのが昔から好きです。笑

なぜ私は信長公に憧れたのか。具体的にどんなところが好きだったのか。そんなことを考えながら清州城やその付近を散策してみました。
「1996年に放送された大河ドラマ秀吉で渡哲也さんが演じた信長公がカッコ良くて、そのビジュアルに惹かれたなあ。でも、その前に信長公に確かに憧れていたんだよなあ。最初のきっかけは学校の図書室の日本の歴史シリーズだったな」と思い、ふと信長公の銅像の横にある年表を見てハッとしました。今さらですが、信長公がもの凄いチャレンジャーであることに気がついたのです。

17歳で家督を継ぎ、21歳で海道一の弓取りと呼ばれた今川氏を桶狭間で倒し、以降、強敵に立ち向かい続け、32歳で室町幕府を滅ぼし、私の年である35歳の時には当時最強と言われた武田軍を長篠で破り、天下の半分を手中におさめるまでになりました。これを現在の会社経営に置き換えてみると、信長公の行動力とスピード感は人並み外れていることに気がつくことができます。推測するに信長公は7割位の準備ができたら見切り発車する。その後、上手くいかなかったことを素早く修正するということを戦略的に行っていたように思います。

信長公の名言であると伝わる「絶対は絶対にない」。本能寺の変から400年以上経過しますが、物事に正しい正解などないことを痛感します。その都度、自分がだした答えを信じ、行動すること。それこそがチャレンジ精神である。ようやく納得しました。私は信長公のチャレンジスピリットに憧れていたんだ。そう考えると腑に落ちるので、そう思うことにしました。

ロールモデルである信長公に失礼のないよう、やりたいことが描けてしまったら、とりあえずやってみよう!スタイルで生きていこうと思います。そして、たまには全てを忘れ、信長公を探求する時間も楽しんでいこうと思います。