36歳/国家百年の計に思う

投稿日:2018.12.23

36歳になりました。そんな折に届いた人間学を学ぶ購読紙「致知」。今月号のテーマは国家百年の計でした。
誕生日の節目に、致知から私にメッセージが送られたのだと思いこみ、興味深く読ませて頂きました。
送られたメッセージは「大事を成すには百年先の世の中を見通すほどの計画が必要。その計画があれば、目先のすべきことはそれほどブレない。今こそ先を見よう、本質を捉えよう、そして我が信じる道を歩もう!」と勝手に理解いたしました。

奇しくも誕生日付近は、毎年、偶然にも出張や来客が多いような気がします。今年も普段はあまり訪れない場所を歩きながら、100年先のことを考えてみました。実際に考えてみて分かったことは、100年先、50年先、いや10年先さえも全く描けないという事実です。松下幸之助氏が「松下政経塾は国家百年の計を毎年立てるという具合にならないといけない。」と仰っていることを踏まえると、いかに自分の器が小さいかということを痛感しました。

しかし、そこで諦めていたら成長はありませんので、開き直り、凡人は凡人らしく、現在から未来へと一歩ずつ先を見る努力をしたら、何とか40歳の自分の理想像は描くことができました。なるほど、100年先は無理でも真剣に考えれば数年先は見えるということに気がつきました。ということは、トレーニングを積み重ねることでもう少し先を見ることができるのではないか。そんな希望を抱き松下幸之助氏は私財70億円を投じて松下政経塾を創られたのではないかと妄想を膨らませました。

いつも目の前のことに精一杯なので、なかなか先のことを真剣に考える機会はありません。だからこそ、先のことを考えるトレーニングを行い、それを習慣化することが大切だと思います。ではそのトレーニング方法とは何なのかと深堀していくと、真っ先に脳裏に浮かんだのが大河ドラマでした。織田信長、徳川家康、坂本龍馬、西郷隆盛など。大河ドラマの主人公になる人物は、100年先の日本のことを考えて行動していたのではないか。若干の脚色はあるにせよ、時代を超えて人々に語り継がれる偉人は、きっと先のことを考えることを習慣的に行っていたのではないかと想像します。

ITや化学の進展により時代は目まぐるしく変化し、100年先はおろか数年先すら見通せない時代だと言われています。しかし、戦国時代や明治維新の時代こそ、先のことなどわからなかったのではないでしょうか。そのような状況でも先人達は先を見通す努力をし、行動をし続けてきたという歴史があります。その歩みを紐解き学ぶことこそが「先のことを考えるためのトレーニング」に繋がるという結論を導きました。そうか、だから学校で日本史を学んでいたのかもしれません。苦笑

36歳の節目に決意しました。私は先のことを考える力を身につけるため、定期的に日本の歴史を学び続けようと思います。

仲間が用意してくれました。感謝です。