FUJI CIVIC PRIDE 3776の解説

投稿日:2019.08.25

令和元年からスタートしたFUJI CIVIC PRIDE 3776。この事業は同実行委員会と私が所属する一般社団法人F-designとが主催した事業で8/20-21の1泊2日で第1回目の事業を終了しました。今週はこの事業の解説をさせて頂きます。

まずは想いについて。
Civiv Pride(シビックプライド)とは、自分がこのまちの担い手であるという思いや誇りであると理解しています。
若い内に、毎日見上げながら生活している日本一の富士山に登ることで、若者の故郷に対するCivic Prideを高めること。そしてCivic prideという思いや誇りは内面的なもので目には見えない。だからこそ、富士山に挑むという行動で確認すること。やはり、まちへの思いという抽象的なものは目に見えるわかりやすい形で表現しなくてはいけない。わかりやすい形にすれば、きっと後輩達も「俺も大きくなったら富士山に登るぞ!」と続いてくれるはず。この事業の根底にはそんな想いが込められています。

続いて事業が生まれた経緯について。
そんな想いをもってふらふらと過ごしていたら、偶然か必然か株式会社田子の月の牧田社長と出会うことができました。田子の月様は日本一の菓子づくりを目標に掲げ、まずは身近な日本一を体験しよう!というテーマのもと、新入社員様を中心に富士山アタック隊を編成し、10年間継続していました。
昨年、10回目の富士山アタック隊の1か月程前に牧田社長との出会いを頂き、富士山アタック隊に一緒に行こうぜ!と誘ってもらいました。実際に富士山アタック隊を体験し、素晴らしい事業だと思いました。そして、自分が目指しているものと田子の月様が実施している事業とが重なる部分が大きいと確信し、来年は一緒にやりませんかとご提案させて頂き、協議を重ねて、FUJI CIVIC PRIDE 3776が誕生しました。

次は、事業の内容について。
端的に言えば、39歳までの富士に縁のある若きチャレンジャーが1泊2日で富士登山をするという事業です。今回は35名のチャレンジャーを4班に編成をし、無事に全員での登頂を果たしました。

最後に本事業のこだわりについて。
それは、【はじまり】と【おわり】をつくること。具体的には、駿河湾の海水にタッチし、海抜0メートルからスタートし、車がない時代に登拝祈願をしたとされる鈴川の富士塚にて安全登山の祈願をする。そして、登山が終わったら再度富士塚に戻り、安全登山の御礼をするということです。富士塚から富士山5合目までは歩かずにバスで往復するのですが、せめて【はじまり】と【おわり】はしっかりしましょう!ということを心がけています。

なぜそこにこだわるのか。それには二つの理由があります。
1つは、そもそもなぜ富士山に登るのかという目的を共有するため。
もう1つは、あらゆる物事に感謝する気づきにつなげるため。
感謝とは、事務局として参加者が無事に登頂できたことへの感謝。この事業を支えて下さっている多くの人たちに対する感謝。そのような感謝ももちろんありますが、私は疲れていたのか、今回はもう少し深いものを感じることができました。
それは、人間の力など遠く及ばない雄大な自然の恵みに対する感謝。このまちをここまで豊かにしてくれた先人の皆様に対する感謝。いつも自分を側で支えてくれる仲間や家族に対する感謝。その瞬間は言葉では上手く言えませんが、すごく幸せな気持ちになることができました。

“いただきへの、はじまり”となった1回目の事業が終わりました。長く継続できる事業にできるよう、真摯に検討をし、2回目に向けた準備をしてまいります。以上、FUJI CIVIC PRIDE3776の解説をさせて頂きました。