他流試合の意義

投稿日:2020.08.16

働くみんなの静岡おしゃべりナイトも22回目を迎えることができました。本事業は「遊び」「学び」「繋がる」の3つのコンセプトを掲げ、毎月開催しており、気づけば、参加者は延べ人数で300人を突破しました。

今回のゲストスピーカーを務めて下さったのは、初参加の土屋匠平さん(東レ株式会社)。社内で担当しているお仕事から、社外で行っている活動まで、色々なお話をして頂きました。その中で、私が印象に残ったのは「分野を越えたコミュニケーション」という言葉でした。それは、例えば「違う会社の人との交流」や「違う団体の人との交流」のことであり、私は他流試合を連想しました。

他流試合は、他の流儀の人と試合をすることで、「個人 対 個人」の優劣を競う以外に、「流派 対 流派」の優劣を競う要素が加わります。「自分たちのチームの誇りにかけて、やすやすとは負けられないぞ!」と、プレッシャーのかかる勝負を経験することができます。この他流試合は、個人や組織の成長に欠くべからざる要素であり、スポーツの世界では対外試合が積極的に行われています。

ビジネスの世界でも、分野や業界の垣根を越えて協働し、アイディアを掛け合わせることで、単一的な組織には成し得ない画期的な商品やサービスを生みだそう!という取組事例はあるとのことですが、一般的には、社会人になると他流試合の機会は圧倒的に減少するように思います。
そして、他流試合の減少に伴い、自分の成長を測る物差しが、これまでは大きな物差しであったのに、会社に入ると限定された小さな物差しを使用しがちなのではないかとの考えが巡りました。
もう少し補足します。私の実感としては、社会人として「我が社の商品は他社よりも優れているのか?」「自分のレベルは他社のライバルと比べて優れているのか?」、もっと言えば、「その仕事に自分は誇りを持つことができるか?」といったように、自分の会社を超越した大きな物差しで、仕事を測定しようとする人は少ないように思います。
反対に、「上司は自分をどう評価しているのか?」「社内の人たちに理解してもらうにはどうしたら良いか?」という社内用の小さな物差しを使用するのが一般的のように感じます。

私は、この2つの物差しはどちらも必要だと考えます。どちらにも偏らず、状況に応じて、大きく測ることもあれば、繊細な事柄を小さなスケールを用いて、より具体的に測ることが求められるケースもあるでしょう。大切なのは両方の視点から自分や組織を見つめることで、健全な成長を目指していくことだと思います。

働くみんなの静岡おしゃべりナイトは一種の他流試合だと考えています。
参加しやすさは保ちながらも、学びや刺激が得られる場として成長していけるよう、仲間と力を合わせて努力してまいります!