及ばざるは過ぎたるよりまされり

投稿日:2021.12.26

2021年も残すところあと6日となり、毎年恒例になった久能山東照宮の参拝に行かせて頂きました。1159段と言われる階段を1人で登りながら、1年を振り返りました。御社殿をさらに上がった一番高い場所に家康公の御遺訓が掲示されています。毎年、御遺訓を読み、その場で5分程その意味をかみしめるようにしています。
たくさんの苦労を乗りこえて江戸幕府を開かれた徳川家康公の御遺訓は、素晴らしい人生哲学に満ちています。自らのあり方を正し、謹んで新年を迎えるためにもこの時間を大切にしています。

■家康公 御遺訓
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。

不思議なことに、毎年胸に響く言葉があります。今年は「及ばざるは過ぎたるよりまされり」。これは、足りないほうが、やり過ぎてしまっているよりは優れている、という意味になります。

論語の中に「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という章句があります。孔子は、度が過ぎたものは、足りないものと同様に良くないと仰っています。家康公は、この事について、驕り高ぶってやり過ぎてしまう位ならば、足りなくて悪戦苦闘している方がよっぽど良いと言っているのだと私は受け止めました。想像を絶する辛酸をなめ、天下泰平を目指し続けた果てに、家康公が語られたこの言葉は真実だと思います。人間に災いが起こるのは、成功しているとき、上り調子の時、全てが上手くいっている時です。
常に人間はある程度上手くいかなくて、血相を変えて努力するような状況にあることが健全であり、それがなくなった状態こそが最も危ういのだと学ばして頂きました。

創業して約4年が経過しました。1人で何もない状態からスタートしましたが、有難いことに少しずつリソースが整ってきています。感謝の気持ちを持続するために必要なのは挑戦だと信じています。
家族や社員を守るためにも、「もうこのあたりで良いだろう」なんていう生半可な気持ちは決して抱かないよう自らを厳しく戒めます。
2022年もみんなで心を合わせて、一歩一歩を丁寧に歩んでまいります。